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歴史をよく調べましょう [歴史]

 というて、下手な文献ですと、丸め込まれるだけですよね。日露戦争でも司馬遼太郎氏の「坂の上の雲」を読み解くだけでも、通説の謝りがわかると思うのですけどね。さらに、司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」ね。
 司馬遼太郎氏は明治日本がお好きだったようです。で、その大日本帝国憲法国家を潰したのが昭和期の軍部であったとね。そして、この軍部は国内外で残虐なことをしてきているのですよ。で、敗戦のドサクサ時に関係証拠隠滅をしているのですよ。
 沖縄戦では「県民はアメリカ軍に日本軍の場所を密告する」と思い込んで、つれて逃げ回り、自決に追い込んだという話を聞いたことがありました。住民を信用せずに苦役として使っていたからでしょうね。
 各地の離島での玉砕は防ぐことができたのですが、「捕虜になるな」ね。上層部は本土で温々でしたよね。離島に少人数ばらまいての救援なし状態だったですよね。大陸部での行状も政府発表のみを信じるのも問題ありですよ。731部隊については黙りだしね。
 在郷軍人会にも文書焼却指示をだした軍部だからね。歴史をないことにした被害は、また、我々国民にも降りかかってきていますよね。この頃、さらに酷いですよ。「説明責任」といいながら、素知らぬ顔ですり抜けようとしていますよね。

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北朝鮮の行動を見ていると先の大戦への日本の姿を見ているような感じを受けています。 [歴史]

 当時の日本には労働党委員長のような偶像化された指導者はいないですが、なにか当時を彷彿させるような報道ぶりですよね。
 司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」などで話されていた当時とよく似ていると感じています。当時の日本と違うのは支援国があるということですが、支援国に無視されそうですけどね。
 「撃滅」とかいろいろな報道で使われているスローガンなんてそっくりさんだと感じています。自己陶酔した状況はよく似ているのですが、どのように考えているのでしょうね。
 どうしてこのような状況になったのか。後継者選びが問題だったのかしれないので、このことは日本と大違いだと思います。当時、東條英機大将以外の人物が首相になっても戦争に突っ走っていたと思うのです。日本の不思議な現象、地位が思考パターンを決める現象ね。当時の雰囲気に飲まれてしまったのではとね。
 当時も今も「異端を排除する日本」は変わっていないように思います。異端というか異なる思考パターンの人物を排除し続けるということも似ているかもね。
 異なる考えを持つ人物も許容してきた国が発展してきたのにね。アメリカは「銭ゲバ」に占領されそうなので別の意味で怖いです。EUが現在では一番バランスがとれているかも。北欧型が一番よいのではとね。

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司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」から思うこと [歴史]

 司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」はまだ、年号が昭和の時にNHK教育放送で放送されたのを見たのが最初です。その後、朝日新聞社の司馬遼太郎講演集でしたか、これで読みました。
 そしと私自身が他の文献で日露戦争あたりや昭和初期のことを調べてみた結果、「誤魔化しの歴史」、御上の発表は誤魔化しだらけというふうに考えられるという結論に達したのです。
 本当に下級将校や兵隊さんたちには懸命に命がけで戦ったわけですが、上層部が戦略も戦術もなしに戦火を広げていったのが「昭和への道」だとね。上層部はドイツヒトラーと違って「エリート」だったはずです。それが、沖縄戦でも守るべきはずの沖縄県民を見殺しや自決を強要したのでしたよね。
 そして、昭和天皇には死を覚悟させるという不敬罪に相当することをしているのに反省がないのですよ。「最後の一泡」とかいって、ぽちダム宣言受諾を遅らせたのですよね。憲法違反に当たる陛下の御政断で漸くの敗戦です。この遅れで北方領土にソ連が進出する時間的余裕を与えてしまったのですよ。
 日本軍が戦火を広げていった地域のみ恨み辛みを残してきているのですよね。反日の凄いところは日本軍の行軍した地域ですよね。これらは、上層部がジュネーブ条約等について兵隊たちに教育していなかったからです。
 日露戦争時とは雲泥の違いですよね。トルコは親日ですよ。司馬遼太郎氏曰く「朝鮮や中国で1000年経っても忘れることのできないことを日本がしてきた」ということですが、原因は上層部にあるのですよ。このことの真摯な反省が日本には必要と考えられます。
 「国体護持」と「一億玉砕」とは並立できないのに両方同時に唱えた軍部。実際、陛下の裁断がなければ「一億玉砕」に向かっていた軍部ね。
 先週はポイントサイトでのミニゲームに填まっての時間不足でした。済みません。

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日本は本気で昭和20年15日までの昭和初期に向き合っているのか [歴史]

 「日本は本気で昭和20年15日までの昭和初期に向き合っているのか」といわれれば、逃げの一手でしたし今もね。土先では「反省」をいっていますけどね。
 対外的については近隣アジア諸国でいろいろ未だに出てきますね。これは司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」でもいわれているように「1000年経っても忘れられることのないような行為をしてきた。」ということですよ。
 同じようなことを日本国民にもしてきていたのですよね。で、天皇陛下に汚名をきせる行為をね。大日本帝国憲法下でも天皇は国事行為については現憲法と同じようであったとね。
 最近、イスラム国の指導部がイラクのモスルにいる戦闘員に対して「玉砕してでも守れ」とか指令を出したとネットニュースで流れていました。70年以上前のアジア太平洋地域で「玉砕」が頻発しましたね。で、連合国に奪われましたよね。どこが、違うのでしょうか。
 玉砕させることですこし時間稼ぎができたかも判りませんが。ノルマンジー上陸作戦での反省か、アメリカは地形が変わるほどの艦砲射撃後の上陸にしましたよね。それでも、被害が大きかった。でも、状況は日本にとって悪化していたのにね。沖縄はこの時に「基地の島」の運命が仕組まれたのかもね。
 開戦時の真珠湾だけではなく、「歴史を鏡とする」を実践しているドイツの元首相みたいに訪問しなければならいところが、それも、「歴史を鏡とする」ことができているということでの訪問が必要なところが各地にあると感がらえられるのです。日本国内にもね。上滑りの訪問ではなくね。

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先の大戦のことを真面目に調べよう [歴史]

 司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」を読みましょう。そして、大戦での残虐行為等については先週投稿の三笠宮様についてでも述べています。
 いずれも、教科書等には出てきていないですしね。また、日本的検閲で新聞社もびびっていますよ。先の大戦についてを「歴史を鏡とする」にしないと、また、憲法を改定させることになるのではともね。
 あの戦争への突入となる原因となる日華事変等は関東軍の暴走であったとしても、当時の上層部は止めなかった。それどころか・・ね。で、開戦決定から敗戦までにどれだけ、玉砕させたのか。沖縄での県民に対する行為等を何回も公表するべきですよ。敗戦の決断もできなかった連中ですよ。どれだけ、将兵を犠牲にしてきたことか。
 その上層部を祀っている靖国神社には私は参拝しないです。天皇陛下も参拝していないはずです。国民に対しても犠牲を強いながら、「一億玉砕」とかの連中を放置し続けたメンバーだよ。
 勝手に「天皇陛下の下・・」で戦争をした連中ですよ。明治の人々が半植民地状態から独立国家へと奮闘し、成果を勝ち取ったものを潰したのですよ。

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歴史勉強をどのようにされてますか。 [歴史]

 「歴史は暗記」と思われていたら、それは「労多くして功少なし」ですが、日本の教育のまずさから多くの方が「歴史は暗記」的に勉強してきていますよね。
 現代や未来を考える上で大切な過去なのですよ。そして、価値観に揺さぶりをかけるような勉強ではなく、心地よい暗記勉強は楽ですが、現代や未来に対して目を閉じることになります。
 先の大戦で多くの玉砕が起こりましたね。孤立無援状態に将兵を放置した結果ですよ。現代でも結構多くの方が孤立無援状況に放り込まれています。非正規雇用もこの一つかな。で、玉砕で日本が勝利しましたか。敗北が少し遅れただけですよ。ブラック企業は成長が止まっているのでは。
 あの原発事故も先の大戦でも発揮された優柔不断の結果ではと思うのです。国民を見捨てているというのは公害被害や労災、少数難病の医薬品問題(海外にあることがよくある)等々は行政や関係団体のメンツの問題ですよ。帝国陸軍のメンツの問題でどれだけ多くの将兵が玉砕したことか。
 政府首脳や上層部は東京で温々かな。
 私が歴史で引っ掛かったのは「織田信長の実行力」と「日露戦争」での世間の評価と実像とのギャップでした。このあたりから、教科書や世間の一般的な書物とかではなく、考え始めたら、現代の世相が相当理解でき始めました。日露戦争での誤魔化し体質がその後の戦争へと、続きの誤魔化しが戦後の国民の苦難(特に少数弱者)に繋がってきているのではとね。
 とかで、私としては合祀後の靖国神社に参拝に行く気は全くなくりました。庶民を踏みつけにした、庶民に死を強制した者が少しでもいるようなところにはね。
 司馬遼太郎氏が「雑談 昭和への道」で述べられていた中に「昭和~20年について小説にしようとしたら気が狂ってしまう」とかいうのが実感できますよ。このために、明治から昭和20年まで勉強し直してみましょう。明治の元勲たちは凄かった。この落差ね。

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先の大戦から思うこと [歴史]

 これは「思い込み」と「隠蔽」と「思考停止」で泥沼にのめり込んでいったためと考えられるのです。
 そして、世界の状況等を考えることなく、「思考停止」、アジアの弱い部分に戦火を広げていったのではとね。そして、日独伊三国同盟によって、アメリカが日本を挑発したら単純に引っ掛かったという感じね。
 ですから、ジュネーブ条約など眼中になく、多くのBC級戦犯を出してしまったとね。この原因は「日本は世界一」という思い込みですよ。負けるはずがないとね。1939年にノモンハン事件で日本軍がソ連軍に完敗しているに「隠蔽」、さらにこの教訓を生かすことなく太平洋戦争に突入ね。真珠湾攻撃ね。
 このお陰でアメリカはドイツや日本と戦争に突入することへの国民の合意ができたのですよ。暗号は解読されているのに「優秀な日本の暗号が解読されるはずがない」とそのまま使ったというのです。情報じゃじゃモレね。
 太平洋上の島々に将兵をばらまいて、玉砕させたのですよ。「国体護持」と「一億玉砕」という相容れないことに疑問も抱かなかった日本。
 どうして、元亀天正の織田信長軍の兵器に毛の生えた兵器でソ連軍とノモンハンで戦ったのか、その結果について検証していないという伝統は今も続いていますよ。隠蔽体質もね。なんとなしに政策を決定し実行してしまってドボンというのね。全体としてのコントロールもおかしいままね。新国立競技場の件も同類かな。エンブレムでのドジもかな。
 だから、「歴史を鏡とする」というのが必要ですが、同類が近隣国に出てきましたけどね。日本は「満州事変でのリットン調査団の報告」に抗議して国際連盟を脱退しましたね。最近のは「判決を無視する」という国が出てきましたね。日本と五十歩百歩かな。
 某神社には玉砕を防ごうともしなかった連中、沖縄戦で県民の犠牲を何とも思わなかった連中、本州とでも空襲等での一般市民の犠牲を何とも思わなかった連中が祀られているようですけどね。

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ポツダム宣言受諾が遅れていたらどうなっていたかな。 [歴史]

 桝添氏、漸く辞任しましたね。進退窮まってという感じですかな。で、2020年には東京都知事選挙とオリンピックかな。特例対応ができたら、選挙時期をずらせると思います。硬直的思考でしたら同時のままか、3代続けての不祥事による早期辞任かな。
 ところで、ポツダム宣言受諾が遅れていたらどうなっていたかな。
 昭和天皇が決断に踏み切ったのは残念ながら原爆であったかもね。軍部は一億玉砕でしたよね。
 当時は1945年3月10日東京大空襲、4月沖縄戦、5月ドイツ降伏文書調印、7月アメリカ初の核実験成功、8月原爆投下、原爆が投下されても「一億玉砕」の軍部、ソ連参戦、陛下の決断の順かな。
 日本は南からアメリカ、北からのソビエトによる分割が考えられる状況になっていたとも思うのです。分割されることから救ってくれたのが憲法では政治的権限のなかった昭和天皇の憲法違反的行為だったのですよ。
 天皇陛下をここまで追い込んだのが当時の軍部と政権上層部ですよね。当時の軍部と政権上層部はメンツのみに拘っていた感じね。一泡吹かせてやりたいとかね。国民のことを全く考えていないとか思えないのですよ。
 昭和天皇によって救われた日本ですよ。だから、合祀以降、陛下は靖国神社には行っていないはずです。

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「雑談 昭和への道」から思うこと [歴史]

 伊勢志摩サミットが28日27日とありましたね。27日にはオバマ大統領の広島訪問ね。
 ところで、先の大戦は日本に勝ち目があったのでしょうか。開戦の2年前にあったソ連との紛争、ノモンハン事件のことやもろもろを考えると司馬遼太郎氏の「雑談 昭和への道」で語られたことが真実ではと思うのです。
 日清戦争については誤魔化しはなかったようなのです。日露戦争について、?と思うことがあって調べてみたら、誤魔化しが、誇大報告等が鏤められていたと思いました。そこに「雑談 昭和への道」をNHK教育放送で見た訳ですよ。
 新聞社の出版物にもこの「雑談 昭和への道」があったので購入しましたよ。日本帝国陸軍の兵器は歩兵では元亀天正の織田信長軍の装備に毛の生えた程度で第二次世界大戦に突入したというのです。ノモンハン事件で、ソ連の機甲師団にコテンパンにやられているのに戦車等を近代化することなく1941年にアメリカと戦争状態にね。この開戦通告についてもいろいろありましたね。
 ノモンハン事件での日本軍の死傷率は70%以上だったとね。これは、後の玉砕の走りですよ。で、各地で玉砕が続くことにね。玉砕をよしとする大本営は「我々の辞書には降伏はない」ようでした。この集大成が「一億玉砕」ね。日本がどうなっても知らないという無責任さね。国民に対してもこの程度ですから、戦地では何をしてきたか、だから、敗戦と同時に大量の証拠文書を焼却処分したのです。なんで、国内の在郷軍人会までが文書を焼却したのか。焼却したと最近の新聞で読みましたよ。
 このような大本営ですから、沖縄は見捨てられたと思うのです。見捨てるだけならまだしも軍の逃避行の途中での県民への残虐行為が漏れ聞こえていますよ。東京大空襲や沖縄戦があっても降伏を決断できなかった東条内閣や次の内閣。「我々の辞書には降伏はない」の状態を打ち破るには天皇陛下の大日本帝国憲法違反の御政断が必要だったのでした。大日本帝国憲法でも政治についての天皇の関与は現憲法と同じ程度と司馬遼太郎氏は述べられていました。だから、美濃部博士の「天皇機関説」ね。
 憲法違反まで天皇陛下を追い込んだのは大本営や当時の内閣ね。
 当時の軍部等に現実を直視する力があれば、原爆投下までいっていないと思います。いや、開戦もなかったのではとね。そうであれば、沖縄に米軍基地はできていないはずですよ。
 もし、天皇陛下の御政断が遅れていたら、北海道は今頃・・ね。
 外国からいわれるのではなく、自律的に「歴史を鏡とする」ことね。都合の悪い過去に目を閉じると未来が見えなくなりますよ。

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オバマ大統領の広島訪問で思うこと [歴史]

 1939年のノモンハン事件や各地での玉砕、沖縄戦の状況等を思い浮かべてくださいね。ノモンハン事件では死傷率70%以上だったと司馬遼太郎氏が「雑談 昭和への道」で述べられていました。玉砕は基本的には戦死率100%ですよね。沖縄戦は軍人以外の被害が凄かったですよね。
 以上のことを考えると「本土決戦」などされていたらどうなっていたでしょうね。当然、北海道は・・ですよね。当時の参謀本部や政権中枢には「負けた」ということを認める雰囲気すらなかったのではとね。
 まともな感覚であったら、ノモンハン事件からたった2年での日米開戦はしていないはずですよ。兵器の質と量の両方で圧倒されたのにね。
 「神風(元寇では準備していたからですよ)」期待や精神力とかだけで将兵に戦わせた上層部。補給もなし状態のところが続出したようですね。で、織田信長がやらせなかったことをアジアでした日本軍ね。現地調達ね。退却については日露戦争が終わってからは軍部の辞書にはなかったようでした。
 天皇陛下が決断されなかったら、沖縄戦みたいな地上戦を本土でおこなわれていたでしょうね。本当に「天皇陛下万歳」の決断でしたね。
 ヒトラーはあれでも自殺しましたよ。こそこそ生き延びようとした・・。栗林中将は硫黄島で亡くなられましたね。
 1945年3月10日未明の東京大空襲、その後の無差別空襲でも状況に目を閉ざしていた上層部。あそこまでいったら・・でというのが想像できなかった上層部。よく似た企業が戦後もゾロゾロ出てきていますね。東京に本社のある電力会社とか、有名重電メーカーとか、・・ね。
 史上初の原爆実験は1945年7月でした。ドイツは降伏済みでした。
 東京大空襲から原爆実験までに4ヶ月あった訳ですが、・・・。3月10日は陸軍記念日だったですよね。
 今、一度、「昭和への道」を自省する必要があると考えています。というか、永久に「歴史を鏡」とする必要がありますよ。

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